『季刊詩とメルヘン』が創刊!
1973年(昭和48年)4月20日に発売。サンリオより。やなせ先生が休刊まで30年間、編集長を務めた伝説の雑誌。翌年から刊行頻度変更に伴い誌名を『月刊詩とメルヘン』に改める。『怪傑アンパンマン』の連載はさらにのちの話である。
アンパンマン絵本誕生!
1973年(昭和48年)9月、『あんぱんまん』が掲載。アンパンマン絵本の記念すべき1作目。フレーベル館の月刊保育絵本が定期購読している全国の幼稚園や保育園などに配布。そのひとつである『キンダーおはなしえほん〔10月号〕』で。
掲載までの流れ
まずその4年前、『キンダーおはなしえほん〔1969年(昭和44年)5月号〕』に『やさしいライオン』が掲載された。これが映画化もされ話題になり、やなせ先生は新たな名作≠求められた。それで…なのである。
あと付だったこの設定!
アンパンマンの作りの親はジャムおじさんというのは基本的な知識だが、先入観を捨てて最初の絵本を読み返してみよう! そんなことはどこにも書かれていない。当時のアンパンマンは家族がいない謎の放浪者≠セったのだ。
当時の評判?
第2のやさしいライオン≠ニして期待された『あんぱんまん』だが、当時の評判はあまりよくなかった。そこで、4月に創刊したやなせ先生編集長のあの雑誌の出番となった。詳しくは『アンパンマンの遺書』(2013年12月17日、岩波書店)で。
『アリスのさくらんぼ』が刊行!
1973年(昭和48年)10月、サンリオより。やなせ先生の短編童話集のひとつ。6話目に『飛べ!アンパンマン』が収録された。
人間嫌だったアンパンマン
照れ屋でちょっぴり無愛想な怪人。一人称は「おれ」。唯一の理解者は漫画家のヤルセだけだった。
ヘソ話術!?
顔がない時のアンパンマンが、第二の口≠ナ会話するところも、この童話の注目点。現物を手に入れて読んでみよう!