海の向こうの展覧会
1983年(昭和58年)12月17日、ロサンゼルスを皮切りに、米国を巡回する『将軍の時代展』(以下『将軍展』)が始まった。発案者は意外な人物だった。なんと、日本球界のスーパースター長嶋茂雄さんである。長嶋さんと言っても、グラウンドで華麗なプレーを魅せた野球人としての長嶋さんではない。文化人、いや、日本人の代表≠ニして燃えた長嶋さんである。
野球人から文化人へ
『将軍展』が開催されるその3年前、米国では『SHOGUN』というテレビドラマが大ヒット。日本文化への関心が高まる。同番組は欧州でも放送され、空前のニッポンブーム≠ェ起こった。
時を同じくして、プロ野球巨人軍監督の長嶋さんは、1980年(昭和55年)のシーズン終了後、「男のケジメ…」と会見。至上命令である優勝が果たせなかったため、あのユニフォームを脱ぐことになった。
そして、背広姿の文化人≠ノ転身。第二の人生≠ェ始まった。その仕事柄、海外を色々訪問され、やがて、米国のブームにも出会う。
燃える日本人!
ところが、長嶋さんが海の向こうで見たニッポンは実際の日本とは異なるものだった。長嶋さんは米国の人たちの勘違いにガッカリする。本当の日本を理解してもらうには何をすればいいのだろう…? 長嶋さんからそんな話を聞いた徳川美術館は資料の貸し出しを許可。長い協議を経て、米国で『将軍展』の開催されることになった。いわゆるファンサービスだけではなく、日本について勉強してもらおうという訳だ。
造られた地元
私も国内規模の話だが、地元がテレビで取り上げられたことがある。もちろん、全国放送で。ほんの少しでも地元に興味を持つ人がいればと期待した。だが、内容は目も耳も疑うようなものだった。聞いたことがない方言や、見たことがない食習慣、そして、「○○県に過剰なライバル意識を持っている」など、テレビ向け≠ノ誇張されてしまったのだ。
出演者は笑っていたが、地元の人間としては「冗談じゃない!」という気持ちである。この番組のせいで、我々がまるで猿や原人のように文化が遅れた生活をしていると思われてしまう。「みんなが喜んで見ているのだから…」などと言われるかもしれないが、これは個人的な趣味の問題ではない。地元の名誉≠ノ関わるのだ!
テレビの洗脳
アニメの『アンパンマン』も見る人が見れば同じだ。
世界には国が貧しく、戦争や飢えで死んでいく人がいる。『アンパンマン』はそんな人たちに食事をさせ、弱体化した命をできる限り救えたらという願いを込めて描かれた作品だった。
しかし、テレビの力は恐ろしい。世間的な『アンパンマン』は、アニメが原作を理解していないため、正義のヒーローが悪者を暴力で成敗するという誰でも考えられる単純な話なのである。
立場が変われば
話は『将軍展』に戻るが、今度は米国の人の立場で考えてみよう。米国の人たちは、『将軍展』にどう反応したのか? 当時のメディアによると好評だったそうだが、これがすべてではないだろう。
『将軍展』は、長嶋さんだから成功したが、ひねくれた見方をすれば、米国のブームを否定した企画である。中には「自分の価値観を押し付けるな!」などと反発した人もいたかもしれない。実際に日本で生活したことがないと、何がおかしいのか、わからないのだ。
アニメの『アンパンマン』を見て育った人はこれをどう思うのだろう? 長嶋さんの方が大人の考え≠ナ米国の人に合わせるべきなのか?
愛があるから
私だって楽しんでいるものにケチをつけられたら気分が悪くなる。けれど、長嶋さんが『将軍展』を開催したのは、米国の人にケンカを売るためではない。そこは素直に理解するべきだ。
誰にだって守りたいものはひとつくらいはある。悪気がないとは言え、きちんと勉強したか怪しい人間が、勝手な思い込みで名誉を傷つけようとしたら、黙っていないで何らかの行動を起こしたくなる。長嶋さんの場合は守りたいものが日本で、行動が『将軍展』という訳だ。日本とサード、どっちを守りたいのか聞かれたら困るだろう。私の『アンパンマン』についての考えも同じつもりである。